ボクが「 茶道 」を始めた理由

「ボクはなぜ茶道を始めたのだろう?」

そんなことを考えていた。

 

ボクの中に浮かんだ答えは、

「導かれた?(笑)」

 

最近こういうスピリチュアルな

解釈が好きなようだ。笑

 

でも色んな要素が合わさって、

それに導かれたように想う。

 

だって数年前までは、

全く興味がなかったわけだから。

 

ボクが茶道を始めたのは、

2016年の2月だったと想う。

 

そういえば、

その少し前にふと気づいたんだ。

 

「ばーちゃんって茶道やってるよな?」

「なんか面白そうだしやってみよっかな!」

 

完全に軽いノリである。

母方のばーちゃんが死んで、

「ばーちゃん」っていう存在を

よく意識するようになっていたってのは

導きポイントの1つとして

あるかもしれないな。

 

それから、もう1つの導きポイントは

精神的に不安定な時期だったからだろう。

うんうん。

全部繋がってきてるよな。

 

それから、これも母方のばーちゃんが

死んでからなんだけど、

「家族」っていうものを

すごく意識するようになった。

 

それまでは触れるのも嫌だったモノ

が「家族」だったわけだけど、

意識せざるを得ない時期だったんだろうな。

 

あとは大河ドラマ「真田丸」かな。

秀吉の相談役で「千利休」が出てくるんだけど、

「えっ!?この人がお茶を広めたの?」

って想った。千利休は大阪の商人。

 

「お客様との信頼関係を作る」

ためにお茶を広めたのかな?とか。

勝手に想像してる。

 

今想えば、色んな方面から

メッセージって届いてるのかも

しれないよな。

 

うまくいかないことも、

うまくいくことも、

嫌いな人も、

好きな人も、

 

全てが、「導き」で、

全てが、「メッセージ」だよなあ。

 

HirO

 

 

P.S.

動画でご覧になりたい方は

こちらをどうぞ。↓↓↓↓↓

 COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

関連記事

一区切り。

もがく姿に、救われた。

考え方は、見て学べない。

些細な全てが、繋がってゆく。

変わることを、恐れずに。

継続は、力なり。